2011年6月13日 のアーカイブ

東日本大震災救援ボランティア行ってきました

2011年6月13日 月曜日

IMG_1786IMG_1937IMG_1924IMG_1891IMG_1882IMG_1857IMG_1817IMG_1790IMG_1778IMG_1775IMG_17706月9日の21時に江戸川を出発して、10日、11日の2日間、宮城県石巻市へ行ってきました。11日の深夜の帰宅となりましたが、やはり、実際に見て支援活動をしてくるというのは本当に貴重な体験でした。

10日は、朝3時半ごろに現地に到着しました。支援物資を運んだトラックの運転は女性です。たのもしいですね。大きなトラックを運転していたのでかえってひとまわり小さいトラックは疲れるとのこと、運転が仕事の人は文字通り体が資本ですね。私は、日本共産党江戸川地区委員会勤務員の細田さんの車に6人で乗りました。8人乗りなので、車内はゆったりできました。寝ないで運転されたみなさん、ありがとうございました。

10日の午前中は、石巻支援センターで物資をおろし、ガイダンスをうけて石巻市を視察。大津波で破壊された爪あとは、言葉がでません。特に、石巻市は被災者が多く、行方不明者も多い地域です。犠牲になった方も群をぬいています。被災された多くの方に、心からお見舞い申し上げます。高台の日和山から一望したかつての市街地は、ほぼ更地となっていました。家が点在して残っているようにみえたのは、近づいたら柱と壁だけでした。商店街もいつ再開するかめどがたちません。八百屋さんが一軒店を開いていました。高台の日和山の建物は大きな被害を受けていません。やはり、立地条件は大きいです。耐震工事だけではなく、地盤が強いというのは、大事ですね。

午後は、入居が始まった仮設住宅を訪問して「要望聞き取りたい隊」をしました。私は、7軒と対話できました。電化製品は6つ支給されたものの、床はなにもなく、カーペットや食器棚など、最低必要なものは購入したという方、冬はストーブがほしいと今から冬の寒さを心配する方、涙で言葉が途切れてしまう方、義援金が早くほしいという方、すべて流されなにもない、すんでいたところに帰れないさびしさを語る方、食事が支給されないから心細いという方、みなさん、やっと、仮設住宅に入居できたものの、心配はつきません。迅速な対応が必要です。

11日は、大田地区委員会が準備したうどんの炊き出しを手伝い、午後は、泥だしを手伝いました。

11時半からうどん260食を配り、少し残ったうどんをごちそうになりました。大田からは39名で参加したとのこと。たきだしは、プロパンからガス代、材料とすべて持参。当たり前ですが、その準備万端ぶりは学ぶことがたくさんありました。なんでも相談では、血圧測定や問診、指圧マッサージなども準備。喜ばれました。実は、私は、モデルになってマッサージをしていただきました。私は、炊き出しのとなりで、タオルやお茶、せっけんなどを配りました。お茶とタオルはとぶように出ました。トイレットペーパーの需要が多かったですね。せっけんはありますという方が以外に多かったです。まだまだ、継続的な支援が必要です。

午後は、側溝の泥だしの手伝いです。午前中から泥だらけになって仕事をしていたのは、大田の若い人たちです。3時まで仕事をしました。私は、みなさんの仕事ぶりを写真にとってから、泥を袋につめる手伝いをしました。泥まみれとまではならなかったものの、きついにおいは残りました。午前中から仕事をされたみなさん、江戸川からもスコップで泥すくいをされたみなさん、ごくろうさまでした。