8月25日分科会、26日全体会で開催された第58回日本母親大会。この大会には、働くようになってからほぼ毎年参加しています。1954年のビキニ環礁のアメリカの水爆実験で第五福竜丸が被ばくし久保山愛吉さんがなくなられたことをきっかけに、核戦争から子どもを守ろう、核兵器の廃絶をと日本の女性がたちあがったのです。私は、1949年3月の生まれです。もちろん当時の記憶はありませんが、小学校3年生の時、買ったばかりのテレビで、焼津に水揚げされたまぐろが放射能に汚染されたニュースをよく覚えています。映像とガイガーカウンターの音は忘れられませんね。
1961年、中学校1年生で音楽の先生から「原爆を許すまじ」を教えてもらい原爆の写真集を見て、衝撃をうけました。そして、核兵器廃絶は私のこころに焼付きました。1970年代、組合女性部の役員をしていて母親大会にであい、ほぼ毎年のように参加してきました。ほぼ同時期に開催される原水爆禁止世界大会は数回しか参加していませんが。「いのちを生みだす母親は いのちを育て いのちを守ることをのぞみます」のスーローガンは母親の気持ちそのものです。来年は東京です。お手伝いはできそうにありませんが、成功させたいですね。
今年の日本母親大会は、議員活動の都合で1日目しか参加できませんでした。区議会で福祉健康員会に所属していることから、「どの子も安全安心な子育てを」の分科会に参加しました。子ども子育て新システムや全国の保育をめぐる状況を知りたかったからです。浅井春夫(立教大学)先生は、なぜ子どもの貧困は改善されないか、子ども・子育て新システムの落とし穴、子どもの性をめぐる問題と多岐にわたるお話でした。
50名をこえる参加者からも、実践をふまえた多様な発言があり、充実した分科会でした。
新潟市は、夫の実家があります。当初、実家に泊まって大会参加と考えていましたが、日帰りとなったことが少し残念でした。
fauteuil@sluiced.reconvention” rel=”nofollow”>.…
ñïñ!…
primers@revolved.hash” rel=”nofollow”>.…
áëàãîäàðåí!!…
normative@pajamas.inspector” rel=”nofollow”>.…
tnx….
iosola@boutflower.powders” rel=”nofollow”>.…
thanks!…